不連載内省短編小説「僕のポップカルチャー」

昼からひどい雨になった。アスファルトの染みは徐々に繋がっていき、それ自体を隠すように染められていった。
激しい雨の音の遠くにピアノの響きがひそかに生まれた。近所の子供が練習しているのだろう。僕はじっと座ってられず微かに聞こえるピアノの音の在り処を探すように窓を眺めていた。生まれて間もない音を包み込むように雨はいっそう激しくなり、まもなくそれは消えた。
暇を持て余していた僕は机に戻り、PCの電源をいれインターネットを見始めた。「音楽とモテ」というニュース記事が載っている。くそったれ。「カラオケで異性をがっかりさせないために、異性が選ぶ歌ってほしいアーティストランキング」と題されて、「エグゼクティブ」というちょっと悪そうな男たちが歌いながら踊るグループが紹介されていた。僕は「こういうのかっこいいって思うんだろ?」って馬鹿にされているみたいで好きじゃなかった。いや、嫌いじゃないけどそれを気付かずに喜んで聴いている人たちを軽蔑していた。わかりやすい歌、わかりやすいかっこよさ、可愛さ、わからないって事を怖がってわかりやすさを求めて、わかりやすくするためにジャンル分けして自分の考えの範囲内に抑えこみ理解した気になってる人たちを哀れんでいた。こんなやつらばっかりなのかよ。こいつらの視界に入って、無味無臭の話して、こういう奴だって勝手に理解されてしまうなんてたまったもんじゃない。ずぶずぶと気分は雨の音の底に沈みこんでしまった。だけど僕はまだ世の中のすべてに希望を見出せないほどに、世の中の仕組みを理解しているほどに歳をとってなかった。
あれこれ思いをめぐらしていると、ある段階でふっと醒めてきた。「カット」の声がかかった映画俳優のように、今までの事がすべて虚構のようにおもえてくる。何でこんな事に憤慨しているのだろうか。お前が考えても意味が無いじゃないか。椅子に座ったまま天井から吊り下げたように並んでいる棚へ手を伸ばしthe Auteurs「the Rubettes」のレコードをかけた。どこからか迷い込んできた虫が傍にとまって、其処で前後の足や羽を丁寧に調べながらなにかを考えているようにしていた。名前のわからない虫は、スッと動きをとめると細長い羽を両方へしっかりと張り、音も無く飛び立っていった。しばらく目で追っていたが、すぐに風景に溶け込みわからなくなった。


やがて、追いかけっこをしているのか、子供たちのはしゃぐ声が向こうから聞こえてきた。雨は上がっていた。窓を開け、洗われた空気が冴え冴えと漂っていた。それを鼻から吸い、ほぅうと吐き出す。こころに清水を感じ、もういちど確かめたく、吸い勢いよく吐き出した。体中を酸素が巡りながら、黄色く濁った気分を体から運びだしていく。笑っていた。気付くと靴を履いて外にでていた。おおきなみずたまりを跳ねて僕は走り出す。




今回の一曲。
the Auteurs - the Rubettes
the Rubettes「Sugar baby love」へのアンサーソング